The Power Comes from Inside

日産・三菱アライアンス特別対談
電気自動車の世界へ

日産自動車
日本戦略企画本部 本部長 
矢島 和男

三菱自動車工業株式会社
EV要素開発部 部長付 
吉田 裕明

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ずっと同じ夢を見て同じ未来を描いてきた。
エンジニアとして親近感を感じる。

吉田 矢島さんがEVの開発に携わるようになったのはいつ頃からですか? 日産自動車は、1997年に「プレーリージョイEV」を発売するなど、三菱自動車とともに世界でも早くからEVに取り組んできた自動車メーカーですよね。

矢島 2010年に発売された初代「日産リーフ」からですね。それまで材料分野の研究開発などに携わっていて、その化学的な知識を活かして、日産リーフに搭載するリチウムイオン電池の開発を担当することになったのです。
吉田さんはいつ頃からですか?

吉田 私は、1994年ですね。三菱自動車がいよいよ本格的にEV開発を推進することになり、私がそのチームを率いることになったのです。それまでは電子制御サスペンションなど主に車体両系の開発を担当していました。
あの頃は、パソコン用のリチウムイオン電池を大型化してつくった試験車が整備ヤードで火を噴くなど、ずいぶん失敗もしました(笑)。

矢島 なるほど(笑)。現在のEVに搭載されているリチウムイオン電池が普及しはじめたのがちょうどあの頃なのですよね。日産自動車でも初めて研究開発をスタートしたのが1992年だと思います。

吉田 リチウムイオン電池、半導体、モーター。EVの実用化にはこの3つの進歩が大きかったですね。でも、話を聞くと、どちらの会社も同じような時期に開発に着手していますね。ずっと同じ方向を目指してチャレンジしてきたような気がします。

矢島 同感ですね。先日も三菱自動車のエンジニアの方と話をする機会があったのですが、意気投合する部分が多くてすごく親近感を感じました。

吉田 ところで、電気自動車の歴史は古く、じつは1800年代の終わり頃にはもう実用化されていたといわれていますね。

矢島 そうなのです。1900年頃には米国で数千台の電気自動車が走っていたという記録もあるそうです。ところがその後、ガソリンエンジン車が急速に普及して、電気自動車は長い眠りに入るわけです。

吉田 その長い100年の眠りから電気自動車を目覚めさせたのが私たちともいえますね(笑)。

不屈なエンジニアたちも凄いが、
その挑戦を受け止めてくれる会社も凄い。

矢島 三菱自動車の「i-MiEV」が発売されたのが2009年ですよね。

吉田 はい、世界初の量産EVでした。

矢島 「日産リーフ」の発売が翌2010年。あの時は「先を越された!」と悔しかったですね(笑)。

吉田 i-MiEVについては、それまでずっと試験的な開発を続けてきて、量産化の方針が決まったのは確か2006年だったと思います。マスコミ関係者を集めた技術発表会で、当時の役員が「将来、量産化します」と言い切ってしまったのです。「タイヘンなことになった……」とドキドキワクワクしたのをいまでも憶えています(笑)。

矢島 あはは(笑)。そういえば、当社でも同じような出来事がありました。EVの量産化には、社内でもいろいろ議論があったわけです。最終的には、当時の最高経営責任者だったカルロス・ゴーンが「EVを量産化する」と宣言して、ちょっと社内が騒然となりました。エンジニアとしては嬉しかったです。でも、それよりも驚きの方が大きかったかもしれません。

吉田 あの時代、EV開発は、自動車メーカーの中ではまだ傍流的な存在。それに屈せずに挑むエンジニアたちも凄いですが、将来を見据えてチャレンジを受け止めてくれる会社も凄いですよね。

矢島 エンジン車にはすでに膨大なノウハウの蓄積がありますが、EVにはそれがない。まったくゼロの状態から開発に携われたことは、エンジニアとしてほんとうに幸運な経験だったと思いますね。しかし、試験のやり方まですべて自分たちで模索していかなければならないのですから、苦労も並大抵ではありませんでした。

吉田 試験的に1台だけつくるならば、さほど難しくないかもしれません。けれども、私たち自動車メーカーのエンジニアは、それを量産化しなければならないわけです。すると、山ほどの困難が待ち受けているのです。

矢島 そのとおり! よくEVの時代が来れば、どの会社でもクルマが作れるようになり自動車メーカーの存在価値がなくなるといったような話も聞きますが、とんでもないですよね。

吉田 それに、EVになって構造がどんなに変化しようとも、人やモノを安全に確実に運ぶというクルマの基本機能は変わりがない。そこには衝突安全性など多様で先進的なノウハウが求められます。それらのバックボーンを持つことが、自動車メーカーでEV開発に携わる強みであり、魅力だと思いますね。

EVを追究していくと、
その先に未来のクルマが見えてくる。

吉田 矢島さんは、これからEVはどのように進化していくと考えていますか?

矢島 私はある意味、EVは、クルマの概念をまったく覆すような存在になりうると感じています。一般的なエンジン車は、フロント部分にエンジンが置かれていて、それが大きなスペースを占めています。現行のEV車の構造も、基本的にはそのエンジンをモーターに置き換えただけですよね。けれども、そうではなくて、まったく白紙の状態から改めてEVに最適な構造を追究していくと、もっとぜんぜん違う未来のクルマの姿が見えてくるような気がするのです。ここから先は企業秘密ですが(笑)。

吉田 私も同じことを考えています。EVで私が目指している夢は、モーターとタイヤを一体化させる「インホイール・モーター」なのですね。それを実現できれば、いまのクルマのフロント部分はぽっかり空いてしまう。そこを居住空間にすることだってできるわけです。まさにクルマの概念が変わります。

吉田 EVには、走り以外にも大きなメリットがありますね。電気を運ぶという機能です。これまでのクルマは、A地点からB地点に人やモノを運ぶものでした。EVは、それに加えて、B地点で電気を供給することもできるのです。

矢島 この電気を蓄える機能は、災害時などに活躍するばかりでなく、普段の生活でも大きく貢献します。家とつなげてEVに電気を貯蓄する仕組みが広がれば、もっと効率よく、少ない発電量で成り立つ社会が可能になるはずです。

吉田 そんな新しいクルマと家の関係が生まれると、家の構造までもが変化していく可能性がありますね。

矢島 EVは、排気ガスを出さないですから、極端な話、クルマを家の中に組み込むことだってできるわけですよね。電力を蓄える機能に着目すれば、社会インフラとしての新しい価値も生まれてきます。EVには、社会の仕組みそのものも変えていく可能性があるのです。

信じること、続けること。
それが、夢につながる。

吉田 先ほどからお互いに感じているように、EV開発では、日産自動車も三菱自動車もともに先頭を走ってきて、想いや技術に共通するものが多いですね。これからルノー・日産とのアライアンス体制が本格化すれば、お互いの開発スピードも加速し、さらに刺激的な関係が築けるように思います。

矢島 そのとおりですね。私は最近、日産自動車とルノーとの共同開発にも携わっているのですが、アライアンスにはたくさんの発見があります。「あっ、これは凄い。自分たちでは思いつかないな」ということも多い。お互いに刺激し合って共有できるところは共通化していく。これがアライアンスの極意ではないかと思っています。
ところで、吉田さんは、これからどんな若い人たちと一緒に仕事をしていきたいと思っていますか?

吉田 そうですね。アグレッシヴな人。既存のやり方に満足するのではなく、恐れることなく新しいことにどんどんチャレンジしていく人ですね。すでに話してきた通り、これからのクルマづくりには、旧来の枠組みを打ち破るような新しい発想とパワーが必要ですから。

矢島 同感ですね。これからは機械や電気ばかりでなく、化学系や情報系、さらには文系の知識や発想も大切です。自動車メーカーには実に多様なタスクがありますから、あまり学生時代の専門分野にこだわらず自由な気持ちで飛び込んできてほしいですね。いろいろトライする中で「私はこれがやりたい!」という仕事を見つけてほしいと思います。

吉田 私は、若い人たちと話をする時、「信じること、続けること、それが夢につながる」という言葉をよく口にするのです。自分が信じられるものを見つけて、諦めることなくチャレンジしてほしい。そうすれば、やがてそれは一人の夢ではなく、社会の夢につながっていくのではないでしょうか。

矢島 吉田さんが話すとその言葉には重みがありますね。まさにそれは、EVに携わってきたエンジニアたちが抱き続けてきた夢ですよね。

吉田 そんな夢を叶えていく環境が日産自動車にも三菱自動車にもあるのですよね。

プロフィール

  • 矢島 和男 Kazuo Yajima

    日産自動車株式会社
    日本戦略企画本部 本部長

    1990年入社
    材料化学専攻修了

  • 吉田 裕明 Hiroaki Yoshida

    三菱自動車工業株式会社
    EV・パワートレイン技術開発本部
    EV要素開発部 部長付(デザインレビュー担当)

    1978年入社
    工学研究科 精密工学専攻修了

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